HOME > 日本海を知る > 北前船 > 其の弐拾弐 温泉津
今回は温泉津(ゆのつ)です。
なまこ壁が昔をしのばせます
温泉津(「ゆのつ」と普通は読めませんよね。温泉津町は第1回全国難読町村サミットの会場にもなっています)は石見銀山の積み出し港として栄え、また北前船の風待ち港として西回り航路の寄港地ともなっていました。
なお、この温泉津は名のとおり温泉の出るみなと(津)で、元湯は1300百年の歴史があり、タヌキが傷を癒していたという伝説があります。また焼き物の里としても有名で、年2回の焼き物祭り、日本最大級の登り窯もあります。
さらに、世界遺産の候補である「石見銀山」の一部として、この港も選ばれています。うまくいけば来年(2007年7月頃)には登録の可否が出るはずです。
その温泉津の元湯、正面に角が生えている銅像があります。
元湯の前に浅原才市の銅像
角が生えてます(鬼ではないのです)
温泉津生まれの妙好人、浅原才市(1851〜1932)です。妙好人とは念仏者を賞賛した言葉で、下駄職人だったのですが浄土真宗を信仰し、その信仰心を誌歌に残したそうです。
この銅像には角が生えていますが、本当に角があったわけではなく、肖像画を書いた際本人が角を書き加えるようお願いして、その肖像画を元にこの銅像を建てたそうです。
この角は自分の中のあさましさを表しているそうで、本人曰く「あまりみなさんが、私をよくお寺に参るというでな、わしが寺にまいるのは、鬼が寺に参るのだということを見てもらいます。温泉津の画工さんに頼んで鬼が仏さんを拝んどる絵をかいてもらいました」とのことです。私なら頭にハリセンボンのように角が必要です・・・
さて、ここからが北前船の話です。
沖泊の説明プレート
沖泊の説明プレート2
温泉津の温泉街からさらに奥に、「沖泊」という入り江があります。銀の積出船のもやいを繋いだ「鼻ぐり岩」がありました。柱状のものや岩肌に穴を開けたものなど色々なサイズがあります。なんでも石見銀山の石工が開けた穴もあるとか。(観光客を案内していたタクシーの運転手さんに聞きました)石工が掘ったものはしっかりしていて、何年たっても残っているとのことでした。
沖の方に鼻ぐり岩が見えます
石見銀山の石工が掘った鼻ぐり岩
柱状、穴だけ、と色々あります
今はひっそりとしています
恵比寿神社 大永6年(1526年)建立
県指定有形文化財(H13年度指定)
蛇足ですが、夜の温泉街でタヌキとばったり出会いました。(写真がとれなくて残念です。)さすがタヌキが見つけた温泉!今回の取材でタヌキにあうのは隠岐の知夫里島に続いて2回目です。(知夫里の子ダヌキの写真は、「隠岐ノ島の巻」にあります)というか、野生のタヌキを見たのは今回が初めてです。
世界遺産登録間近な石見銀山(温泉津も世界遺産の一部です)なども、今度はじっくり見学してみたいものです。
2006.5.15 (by 隊長)